戦国の石見を探る……邑南町の城跡や史跡を紹介

島根県邑南町(旧 石見町、瑞穂町、羽須美村)の城跡や史跡・遺跡を紹介しています  

邑南町の名所・歴史案内

 ここでは、島根県邑南町内にある歴史スポットや名所を紹介しています。

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◆映画監督・松林宗惠と邑南町

 昭和を代表する東宝喜劇映画『社長シリーズ』や、戦争映画『連合艦隊』『人間魚雷回天』などの映画監督で知られる松林宗惠氏は、邑南町にゆかりのある方なので、ここに紹介いたしましょう。

 松林宗惠氏は、大正9年(1920)に邑智郡桜江町(現江津市)の鹿賀・福泉寺に生まれました。その後、井原村(現邑南町井原)の満行寺に移り、小学校時代を井原で過ごしました。

福泉寺
旧桜江町鹿賀にある福泉寺

満行寺
井原の満行寺

井原小学校
昭和初期の井原小学校

 松林氏と邑南町との関係は以上でして、小学校卒業後は広島新庄中学校へ入学、広島へ出て、大学は龍谷大学に進み、その後東宝に入社しました。
 せっかくですので、松林氏にについてもう少し紹介しましょう。

 太平洋戦争中に海軍第三期兵科予備学生となり、昭和19年に海軍少尉に任官。中国アモイ島の陸戦隊長となります。
 終戦後は再び東宝に戻り、森繁久彌主演の『社長シリーズ』をはじめ、戦争経験から『人間魚雷回天』『潜水艦イ-57降伏せず』『ハワイ・ミッドウェイ大海空戦 太平洋の嵐』『太平洋の翼』などの映画監督を勤めました。
 特に昭和56年(1981)の『連合艦隊』では、当時としては破格の制作費10億円が投じられ、その年の興行収入・動員数ともに第1位を記録して大ヒットとなり、松林監督の代表作品となりました。

 平成16年(2004)には、故郷である桜江町の「水の国」施設内に「松林宗恵映画記念館」が設けられ、監督の作品やゆかりの品などが展示されています。

水の国
水の国ミュージアム
JR三江線沿線にありながら駅から遠いハコモノ

松林宗恵映画記念館
水の国施設内の「松林宗恵映画記念館」
監督の作品ポスターと台本がずらり

人間魚雷回
『人間魚雷回天』
主演は岡田英次、木村功、宇津井健など

潜水艦イ-57降伏せず
『潜水艦イ-57降伏せず』
主演は池部良、三橋達也、平田昭彦など

太平洋の嵐
『ハワイ・ミッドウェイ大海空戦 太平洋の嵐』
主演は小林桂樹、三船敏郎など

太平洋の嵐
松林監督が使用した台本も一緒に展示されています

連合艦隊
監督の代表作『連合艦隊』

連合艦隊
『連合艦隊』のシナリオ。
「松林」のサインが

展示室
展示室には監督の写真やゆかりの品が


ミニシアターでは予告編の上映がなされています

戦艦大和
『連合艦隊』では特撮用に戦艦大和の巨大な模型が作られました

ディレクターズ・チェア
松林監督が使用したディレクターズ・チェアがあります。

ディレクターズ・チェア
『連合艦隊』の戦艦大和をバックに、座ることができます
この施設最大の萌えスポット

松林 カメラ
撮影用カメラは、実際に使われたもの


かなり年季が入っています

 『連合艦隊』は今でも高い評価を受けており、作品の詳細については次ページ「松林宗恵監督の代表作映画『連合艦隊』」をご覧下さい。
 松林監督は平成21年8月15日に89歳で亡くなられており、生家である福泉寺には監督の墓があります。
 邑智郡桜江で生まれ、井原で育った松林監督。その作品には少なからずとも、故郷で育んだ感性が生かされていることでしょう。

松林宗恵の墓
福泉寺にある松林宗恵の墓
寺の裏手を少し登ったところにあります

松林宗惠の墓
墓には監督の写真と言葉があります。

 >>(次ページ)松林宗恵監督の代表作『連合艦隊』とは

(撮影:2015年9月)

 

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邑南町の城|中世・戦国の石見

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