戦国の石見を探る……邑南町の城跡や史跡を紹介

島根県邑南町(旧 石見町、瑞穂町、羽須美村)の城跡や史跡・遺跡を紹介しています  

未調査のメモ

 ここでは、気になりながらも、まだ未調査のものについてメモしています。

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◆「一の丸」「二ノ丸」の名を持つ山

 川本町に「一の丸」という凄い名前を持つ山が存在します。

一の丸

  ちなみに、東側にある山は「二ノ丸」と呼ばれるそうです。どう考えても城跡の伝承を持っていそう。
  いまのところ、誰も調査に入っていないようで、そもそもそう簡単に登れる場所にありません。
  ……気になります。

◆「大平山」は、砦に関係する

 「大平山」という地名は、砦に関係するようです。

大平山

大平山

 ちなみに、いこいの村しまねが建つ山も「大平山」と言うそうです。実は、いこいの村から東に入った山に削平地が確認できるそうなのですが、私はまだ未確認。

大平山

 

◆津和野往還の石畳

 かつては津和野藩の最東に位置した邑南町日貫地区。
 その東屋地区から、打沖に向かう山道は「津和野往還」と呼ばれ、石畳が存在するそうです。
 でもこれ、相当山の中なので、確認は大変そうです。

津和野往還

◆「陣在地山」は雲井城の向城か?

 邑南町井原にある山城・雲井城は、吉川元春によって攻め落とされました。
 その時、吉川氏は向城として東明寺城を築いたというのはよく聞く話ですが、それはどうも違う模様。実際にどこであったのかは調査なされ、雲井城周辺の尾根で削平地や加工の跡が見つかっています。
 で、雲井城の北に位置し、冠山から延びる尾根を「神在寺山」と呼びますが、これは「陣在地」とも書くそうです。
 丁度、雲井城を見下ろす形になり、向城には絶好の位置にありますが、これまた容易に登れる山ではなく、未だに調査されていません。昭和初期の地図では、西側から登る山道が記されているので、登れないことはないのでしょうけど……。

陣在地

◆「松尾峠」「宇坂峠」

 邑南町矢上は浜田藩の市木組だったので、代官所は市木にありました。用事がある時は、原山を越えて市木に行っていた訳ですが、その山道は今でも地図には記されています。

松尾峠・宇坂峠

 この「松尾峠」「宇坂峠」は、どの地図を見ても掲載されている有名な峠なのですが、誰も通らなくなってどれだけ経つと思っているのか……地図を作成している人は確認してないですよね?
 この点線道は、今はどうなっているのか気になるところです。
 いつか踏破したいと思ってます。……めっちゃキツそうですが。

(更新:2015年)

 

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