島根県邑南町(旧:羽須美村)の城

 このページでは、旧羽須美村の城跡を紹介しています。
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邑南町(旧:羽須美村)の城跡:一覧

城名 所在地 城主
名剣城(妙見城) 邑南町 上田  
比丘人城 邑南町 下口羽 口羽氏
琵琶甲城(矢羽城) 邑南町 下口羽 口羽氏
高畑城 邑南町 下口羽 高橋氏
幡屋城 邑南町 下口羽 高橋氏
槇尾城 邑南町 上田 児玉氏
比丘人城 邑南町 上田  
宇都井城 邑南町 宇都井 今井城
溝本城 邑南町 宇都井  
鷲影城 邑南町 阿須那 高橋氏(高橋弾正)
千日城 邑南町 阿須那  
比丘尼城 邑南町 阿須那  
藤掛城 邑南町 阿須那 高橋氏(高橋興光)
観音城 邑南町 雪田  
坂本城 邑南町 雪田  
殿畑屋敷 邑南町 上田  

古城屋敷

邑南町 上田 出羽氏

琵琶甲城(邑南町下口羽)

矢羽城 別名「矢羽城」とも言い、毛利家家臣の口羽氏の居城。
 享禄3年、毛利元就は高橋重光・興光を謀殺して高橋氏を滅亡させ、高橋領を手に入れます。その中心として、口羽に志道広道の次男・通良を置き、琵琶甲城を築きました。
 以後、毛利家が防長移封になるまで口羽氏の拠点として栄える事になります。

 → 琵琶甲城 写真集

 


藤掛城(邑南町阿須那)

藤掛城 石見高橋氏の拠点となった城です。
 観応元年(1350)、宮方の佐波氏討伐に高師泰が派遣され、高橋師光が従軍。この戦いで軍功があり阿須那の地を与えられ、備中高梁より移り、藤掛城を築きました。
 康安元年(1361)に出羽氏の二ツ山城を攻略して本城を築き、拠点をそちらに移し領土拡大を進めていきましたが、高橋元光の戦死により力を落とし、元光の甥・高橋興光が藤掛城に入ります。
 ところが、毛利元就の策略により、興光は同族の高橋弾正によって軍原で殺され、その弾正も殺され、高橋氏は滅び、藤掛城も廃城となりました。
 城跡の本丸中央には土壇があり、後の天守閣に発展する初期の形態を示すものとして注目されています。
 >>藤掛城 写真集

(関連記事)
 >> 高橋興光の墓と「軍原」

 


鷲影城(邑南町阿須那)

鷲影城 石見高橋氏の初期に築かれた城で、藤掛城の背後を防備する意味で築かれた山城。
 高橋興光を軍原で討った高橋弾正の居城であった。


槇尾城(邑南町上田)

槇尾城 石見と安芸の国境に位置する交通の要衝。高橋氏が安芸高田郡への侵攻の拠点とした城である。
  高橋氏滅亡後は、毛利元就が石見攻略の拠点として、桂元重の代官児玉内蔵助を置いた。このことから別名「児玉城」とも言われます。

 

 

邑南町の城 |中世・戦国の石見

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