戦国の石見を探る……邑南町の城跡や史跡を紹介

島根県邑南町(旧 石見町、瑞穂町、羽須美村)の城跡や史跡・遺跡を紹介しています  

邑南町の変遷を航空写真・地図で見る

 ここでは、邑南町内で廃村・廃集落となった地の変遷を、航空写真や地図で見てみるコーナーです。

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◆邑南町(旧石見町)日和 今原集落

 邑南町日和地区の今原は、今では立派な林道が通り、自転車レースのコースになるほどアクセスしやすい場所になっていますが、かつては訪問が困難なほど奥地の集落でした。
 標高500mのなだらかな盆地であり、『石見町誌』から今原の説明を引用しますと、
「高燥な盆地の稲は青く土はあくまで黒い。盆地の中程には京太郎山の山側から落石と土砂が押出して盆地を二分し、盆地床には湿原性の榛木が繁っている。もしここに泥炭か埋れ木が発掘されたら過去の湖沼跡に違いない。見つけたのは土師器の破片とたたら跡の鉱滓と、そしてこの故地に居残って杉の苗圃に取り組んでいる一人の逞しい青年であった。聞けばここにあった長円寺は中野へ移転したという。恐らく天台華やかな時代ここは相当な集落があり、周辺の一角には熊ヶ峠城が聳えて矢上盆地を眼下に見下ろしていたであろう。それが今残留農家わずかに四戸、町内過疎第一の典型地であった。(『石見町誌』(上巻 P230:昭和47年5月発行))

 戦後、今原を開拓したのは他府県からの入植者でしたが、昭和48年までにすべて離村しました。
 実際に跡地に訪問した際の記事はこちら


現在の今原(Googleマップ)

今原地図
昭和27年の今原周辺地図
(地理調査所発行1/50,000地形図「川本」(昭和27.2))

 (以下、航空写真は国土地理院国土画像閲覧システムより引用)

今原(1948)
昭和22年(1947)の今原
山根原からの入口に民家と少しの水田がありました。

今原(1964)
昭和39年(1964)の今原
戦後の入植により大規模な農地として生まれ変わります。

廃村 今原(1976)
昭和51年(1976)の今原
残念ながら、既に耕作はしていない模様。

今原1976
今原地区中央を拡大(1976)
長円寺跡は中央赤い屋根の南側平地です

牛ノ市(1988)
昭和63年(1988)の今原
ああ……

今原(1998)
平成10年(1998)の今原
すっかり人の踏み入れる土地ではなくなりました。

廃村 今原(2010)
平成15年(2003)の今原
立派な林道が通されました。

今原(2010)
平成22年(2010)の今原
周囲で大規模な伐採が行われ、禿げ山となっています。
しかし矢上・日和からは見えないので、その激しい変化は知られることなく……

邑南町今原
実際の今原(撮影:2010年)

今原 水田跡
今原の水田跡地(撮影:2010年)

 >>(関連)邑南町の廃村「今原」へ行ってみた

 >>変遷シリーズ 牛ノ市八所空田手取今原道平打沖新山井村田ノ迫桑ノ木青石 引城

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邑南町の城|中世・戦国の石見

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